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ハートフルネス


あの日の小さな決断を思い出す。 あの時感じていた、ハートのうずきや恐れと一緒に。

日常のルーティンなら、いくらだって決断できる。 だけど、本当の望みをハートに呼び起こした時 ちくちくとしたときめきや恐れ、痛み、歓び、いろんな感覚が ごちゃまぜになって蘇ってくる。

こんな複雑怪奇なものは、できれば感じないでいた方が

楽なんじゃないか?

だってその決断は、ただ、直感に導かれただけで、立派な理由も 論理だった文脈もない。 外から見れば、めちゃくちゃで、でたらめに見えるかもしれない。

決断なんかしなくていいよ、もっと穏やかに流れてみても いいんじゃないの?と、人は言う。 時にはそれも悪くない。

だけど、肚の底に居座った決断は、静かに密やかに地球の奥底で

結晶するクリスタルみたいに、長い時間かけて大きく、パワフルに、

特別なものになっていく。 それは大地から湧き上がる生命の力で、私に大きな影響を及ぼしてくる。

好むと好まざるとに関わらず。

その決断が自分にもたらす影響は、どんな感じ?

パワーを失う感じなのか、パワーが湧き出すのか?

肚に聞いてみることだ。

肚は歓びよりも、静かなパワーの場所で

それが「純粋に」ハートへ上がっていくと歓びになる。

肚の地底のクリスタルは、たまに忘れられて、置き去りにされて、放置されてしまうので 目を閉じて、深呼吸しながら、肚の奥底へと探しに行かないといけない。 そうなると、地底探検みたいでけっこうな冒険の旅だ。

まず、道を思い出すところから始まる。

もう二度と忘れたふりなんかしない。 実を言えば、忘れてたんじゃなくて、ただ怖くて、目を背けていただけだって、

自分自身にむかってぼそっと告白してみる。

それはハートフルネスへの道を開く。 ハートが開いたら、理由もなく涙があふれる。

全身の細胞でもって、歓びに打ち震えるとき、生命はただ、

そこに存在していることを歓んでいるだけなんだ。

それは私のマインド〈考えや頭〉とはなんの関係もなく、

ただ存在していることを歓んでいる。

理由もいらない。 大義もいらない。 分析もいらない。

ハートフルネスは、ただ生命の存在を歓こんで、祝福しているだけなんだ。

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