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執筆者の写真Deva Tarika

イルカと少年


ある時、小学校3年生ぐらいの男の子をドルフィンスイムに

一緒に連れていったことがあった。

お母さんが息子を連れて来るはずだったのが、急な用事で来れなく

なってしまって、それなら息子だけ預かろうか、

ということになったのだった。

私もよく昔は友人たちに娘だけを託して

旅行や食事に連れていってもらったものだ。

廻り回って、今は私が子供を預かる、というわけで、

直接ではないけれど、世界への恩返しだ。

その子は泳げなかったし、海は初めてだし、怖くて足がすくんでも、

泳いでみるより他に選択肢がないという、彼にとっては過酷な

状況だったと思う。

それでも彼は、私たちと一緒にイルカのボートに乗ると言って、

泣きべそかきながらシュノーケリングの練習をこなし、

浮き輪をつけつつなんとか海に顔をつけて、

シュノーケルで息をできるようにはなった。

それさえできるようになれば、あとは救命胴衣をつけて

ウェットスーツを着れば完璧だ。もう沈まない!

翌朝、海に出た時も半べそ状態で、多少ボートに酔ったようで、

青白い顔をさらに青ざめさせていた。

だけど、一度海に飛び込んでしまったら、

2回目あたりのイルカとの邂逅では、私と手を繋ぎながら

浮き輪なんか手放して、必死に一緒に潜り始めた。

まさにドルフィンマジック!

イルカと一緒に泳いでいると、泳ぎも潜りもなぜか格段に上手くなる。

夜、眠りに落ちる前に彼は

「僕、泳げるようになったね!潜れるようになったよね!

イルカと一緒に泳いだよ!」

と、嬉しそうに私に話しかけた。

今度は私の方が泣きたくなった。

「うん、1日2日でものすごい上手くなって、本当にすごい!」

I'm proud of you !私は君を誇りに思う。

三宅島までの船の中では、ずっとプレステから顔もあげず、

話しかけてもろくに返事もせずにゲームに没頭していた彼は、

海での冒険を経て急に突然、わんぱくな小学校3年生の男の子に戻って、

瞳をキラキラと輝やかせながら、海辺を走り回っていた。

翌年も、彼は新大阪から新幹線を乗り継いで一人でやってきた。

前回よりもさらに深くゲームに熱中し、目の焦点はぼんやりとして

定まらず、あの時の光はまったくと言っていいほど失われていて

孤独の匂いがした。

だけど、海に入ってイルカと泳いだ後には

「僕、海の仕事をする人になりたい!」

と言い始めたことが忘れられない。人は誰でも、年に関係なく、

希望のヴィジョンを持つことが生きる力になる。

そうかそうかそうか。

おばさんはまるで自分の息子がやり遂げたみたいに嬉しかった。

その後、彼のお母さんは音信不通になってしまって、

今、どこでどうしているのか、私の前から忽然と姿を消してしまった。

何か私が気に入らないことを言ったのだろうか?

夜の仕事をしていた彼女の都合で、連絡先を変えたのか?

いろいろ想像してみたけど、全部ありそうな気もするし、

全然違うような気もするし。

あれは彼のイニシエーションだった。

あの時彼は、確実に自分の恐怖を超えて、一人の自立した人間として、

新しい自分を生きるという選択を果たしたのだ。

大人だったら、水が怖くて泳げなかったら、絶対来ていないだろう

ドルフィンスイムに、なぜか彼は知らないおばさんやおじさんたちと

お母さんなしで参加しなければならなくなってしまった。

いつだって子供は、大人たちの都合で起こる物事に身をまかせるより他に

選択肢はない。

大人だったら、それを自分で決断できる。

「水が怖いからいかない」と。

イルカとの出会いは、人生に翻弄されているかのような出来事だったとしても、

彼が未来を生きるための「何か」を確実にもたらしたのだと信じたい。

君は、自分の未来を自分で掴んだよ。

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