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空であり、満ちているもの


週末は沖縄で5Elements journeyだった。

木・火・土・金・水

流れ流れて、内なる宇宙を旅する。

外側の宇宙と、内側の宇宙はつながっている。

外側の宇宙は、私たちの体の中にある。

本当は境目なんかなくて、宇宙は人間で、人間が宇宙だ。

ワークをした後は、満ちたりてしまって言葉も必要なくなってしまう。

そこで起こる出来事を、なんとかして言葉に表して、

それを誰かに届けたいと願う。

でも、やっぱりワークの後は満ちたりてしまって、言葉は色褪せる。

私にとっては、言葉にならないものの方が、大切なんだと思う。

(言葉のプロの偉大さに思いをはせつつ…そこは遠い目)

人生のうちでたった一瞬でも、1日でも、1週間でも、心を開いて、

ともに泣いて、笑って、踊る時間。

何年、何十年と長く時間を過ごすことよりも、

深くて濃縮された時間に抱かれて、心が繊細に繋がって、呼応する。

………………………….

世の中には意味のないことがあふれている。

私は少しでも意味のあることをしようと思ってきたけれど

やればやるほど、そこにどんな意味があるのか?と思う。

とどのつまりはDoの中に意味などないのだと思う。

やればやるほど、Beにしか意味はないのだと気づく。

Doは何かで満ちているような気がしていた。

形あるもの、測れるもの、触れられるもの。

成功や学び、お金、などなど。

でもそこは空っぽだった。

何かで満ちているのはBeの方なのだ。

目に見えない、触れることのできないBe、ただ感じることのみが許される。

そこは満たされていて、溢れるほどに豊かでなければならない。

Doの中に、空っぽ感、「空」「虚」を見つけたら

そこには多少なりとも何かが入ってくる可能性のスペースが

できるのかもしれない。

その入ってくる何か、というのはBeから溢れ出た何か、なんだろうと思う。

空は、満ちているけれども、同時に空である。

満ちている場所は、何かで溢れているけれども、やはり空なのだ。

色即是空 空即是色

この一瞬を楽しもう。

私は正しい選択に導かれている。

世の中に溢れる新しい学びにはあまり興味がない。

なぜならば、今の肉体を持った私の人生には、限りがあるからだ。

私の人生、という文脈においてのみ

学ものの価値がある。

それは古い古い記憶からやってくる、DNAに乗せて。

でもそれは常に更新されていて、何もかも忘れて生まれてきた

私にとって、常に驚異的に新しい。

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